いつも当店をご愛顧いただき、ありがとうございます。
私たちのカウンターでは、日々たくさんのお客さまがグラスを傾けながら、思い思いの時間を過ごしてくださっています。ワインの香り、グラスを通して揺れる光、穏やかな会話。そんなひとときの中で、ふと感じる小さな変化があります。
それは、「和食とワインを自然に楽しむ方が増えてきた」ということ。
以前は、「ワインといえば洋食」と考えるのが一般的でした。
肉料理やチーズに合わせるものという印象が強く、和の食卓とは少し距離のある存在だったかもしれません。けれど最近では、日本酒のように、ワインを和食に寄り添わせて楽しむ方が、確実に増えてきたと感じます。
中でも印象的なのが、「日本の食に、日本のワインを合わせる」という選択。
これは単なる流行ではなく、食の多様性が広がる今の時代だからこそ生まれた、自然な流れなのかもしれません。私たちの味覚や文化が成熟したことで、日本の風土で育ったワインが、日本の料理と無理なく響き合うようになってきているのです。
今回は、そんな“和食×日本ワイン”の楽しみ方について、味わいの構造に注目しながら、少しだけ深掘りしてみたいと思います。
あわせて、当店でも扱っている長野県須坂市「楠わいなりー」のワインを例に挙げながら、料理と心地よく響き合う日本ワインの魅力をご紹介します。
味覚の構造から考える「和食×ワイン」の相性
和食とワイン。一見すると異なる食文化に属するようですが、実は両者を上手に調和させる鍵は、“味覚の構造”にあります。
まずはそれぞれの味がどのように成り立っているのかを知ることで、なぜあるワインが和食にしっくりと馴染むのか、その理由が見えてくるはずです。
「和食にワインは合わない」と感じたことがある方も、味わいの組み立て方に目を向けてみると、新しい発見があるかもしれません。
ここでは、和食とワインの味覚バランスをひもときながら、相性の良い組み合わせについて考えていきます。
和食の味の構造
和食は、旨味を中心に据えた繊細な味の重なりによって構成されています。
昆布やかつお節に含まれるグルタミン酸・イノシン酸といった“出汁の旨味”が土台となり、そこに醤油や味噌などの発酵調味料が奥行きを与えます。
さらに、塩味や甘味、ほのかな酸味が絶妙なバランスで加わることで、食材本来の持ち味を引き立てながら、調和のとれた味わいが完成します。
余計な味を重ねず、必要な要素だけを丁寧に選び取るような、その静かな奥行きこそが、和食ならではの味の世界です。
ワインの味の構造
ワインの味わいは、大きく分けて「酸味」「果実味」「渋味(タンニン)」の3要素で構成されており、これらが織りなすバランスによって、ワインの個性や余韻の深さが決まります。
白ワインでは、柑橘のような明るい酸とみずみずしい果実味が際立ち、透明感のある味わいが生まれます。赤ワインでは、そこにタンニンによる渋みや骨格が加わり、より重厚で立体的な印象を与えます。
なかでも、日本のワインはこの構造において、酸味と果実味の繊細な調和を重視する傾向があります。強すぎるタンニンや濃厚な果実味を抑え、あくまで食事に寄り添うように設計された味わいが特徴です。
そのため、出汁や発酵調味料のように“静かな旨味”を大切にする和食との相性において、海外のワインにはないナチュラルな一体感が生まれるのです。
重ね方次第で変わる、和食とワインの相性
和食の繊細な旨味と、ワインが持つ複雑な構成。
この両者をうまく調和させるには、「何と何を合わせるか」以上に、「どう重ねるか」が重要になります。
たとえば、タンニンの強いフルボディの赤ワインは、昆布出汁のようなやさしい旨味をかき消してしまうことがあります。
一方で、軽やかな酸を持つ白ワインや、果実味が控えめで酸味とのバランスに優れたピノ・ノワールのような赤ワインであれば、和食のニュアンスを壊すことなく、自然な調和を生み出すことができます。
この点で、日本ワインの持つ繊細な構成は、和食と心地よく響き合います。
強く主張しすぎず、料理の余韻に静かに寄り添う日本ワインは、素材や出汁の微妙な味わいを引き立て、心地よい一体感を生み出してくれます。
つまり、「和食に合うワイン」があるというよりも、「和食の味に寄り添えるワインを選ぶ」こと──
その選択肢のひとつに、日本ワインが自然と浮かび上がるのです。
日本ワインの繊細さは、和食にこそ生きる
ここまで和食とワインの味覚構造から相性を探ってきましたが、改めて注目したいのが、日本ワインの存在です。
当店でも、「日本のワインって、ちょっと薄く感じる」「海外のワインに比べると、少し物足りないかも」といった声をいただくことがあります。
たしかに、果実味の強いカリフォルニアワインや、タンニンのしっかりしたボルドーの赤に慣れている方にとっては、日本のワインは軽やかで控えめに映るかもしれません。
けれども、その「控えめさ」こそが、和食と合わせる際において大きな魅力となるのです。
「主張するワイン」ではなく「寄り添うワイン」
日本ワインは、インパクトや濃厚さで押し出すスタイルではありません。
繊細な酸、やわらかな果実味、穏やかな香り──そうした要素のバランスによって構成されており、出汁や発酵調味料といった“静かな旨味”を中心に据える和食と、実に自然に調和します。
決して派手ではありませんが、料理とともに口に含んだときの一体感、余韻の美しい重なり──。
その“寄り添う美しさ”が、日本ワインならではの奥行きとなって現れるのです。
日本の風土が育んだ、必然のペアリング
こうした繊細な味わいの背景には、日本独自の気候や土壌の存在があります。
湿度が高く、ぶどうが過度に熟しにくい気候では、酸がしっかりと残り、透明感のある軽やかな味わいに仕上がりやすくなります。
つまり、日本ワインは「和食に合うように調整されたもの」ではなく、日本の風土が自然と導いたスタイル。
無理のないかたちで、料理と心地よく調和する——そんな必然性を持ったパートナーなのです。
これは海外のワインにはない、日本ワインならではの強みと言えるでしょう。
和食とワインを合わせるための3つのポイント
和食との相性において、これほど自然に調和する日本ワイン。
では、実際にどのようなポイントを意識すれば、料理との“響き合い”をより深く楽しむことができるのでしょうか。
ここからは、和食と日本ワインを組み合わせるうえで知っておきたい、3つのポイントをご紹介します。
1. 味の「重さ」をそろえる
もっとも基本的で大切なのは、料理とワインの“重さ”を揃えること。
白身魚や湯豆腐のように繊細な料理には、軽やかで酸のきれいな白ワインや、日本ワインのようなやわらかな味わいがよく馴染みます。
一方、煮物や味噌を使ったしっかりめの料理には、ふくらみのある白や穏やかな赤を。
味の強さが釣り合っていることで、無理のない自然な一体感が生まれます。
2. 調味料や香りの相性を意識する
和食では、出汁の風味に加えて、醤油・味噌・みりんなどの発酵調味料が味の柱になります。
こうした複雑で深みのある香りには、ワイン側も香りのレイヤーを持つものを合わせるのがポイントです。
たとえば、樽熟成されたシャルドネのナッティな香ばしさは、胡麻和えや白和えに心地よく寄り添います。
また、ピノ・ノワールの柔らかな果実味と酸は、醤油やみりんを使った照り焼きの甘辛さとも自然に調和します。
香りの“響き合い”を意識すると、ペアリングの満足感が一段と深まります。
3. 温度とグラスで仕上げる
意外と見落としがちですが、ワインの温度や器選びもペアリングに大きく影響します。
白ワインを冷やしすぎると香りが閉じてしまい、酸味だけが立ってしまうことも。
赤ワインは常温すぎるとアルコール感が前に出やすいため、軽く冷やすくらいがちょうどいいバランスになります。
目安として、白は10〜12℃、赤は14〜16℃程度が、和食と合わせやすい温度帯です。
また、香りを広げるグラスを選ぶと、食材との一体感も自然と深まります。
このように、「味の重さ」「香り」「温度と器」という3つのポイントを少し意識するだけで、日々の食卓で楽しめるペアリングの幅はぐっと広がります。
“ワインを主役にする”のではなく、“料理を引き立てるパートナーとして選ぶ”。
そんな視点でワインを選んでいただければ、和食との相性は想像以上に心地よいものになります。
楠わいなりーのワインと和食の組み合わせ
ここからは、当店でもよくご紹介している楠わいなりーのワインと、和食とのおすすめの組み合わせをご紹介します。
長野県須坂市の自社畑で丁寧に育てられたぶどうを使い、一本一本、心を込めて醸造されたワインたち。
どれも主張しすぎず、和食の味わいにそっと寄り添う、やさしい一本ばかりです。
日滝原2023(甲州、白ワイン)
合わせたい料理:白身魚の刺身、野菜のおひたし、湯豆腐
「日本食に一番あうワインとは何か」を追求して辿り着いた一本。柑橘を思わせるさわやかな香りと、キレのある酸味、ほどよいミネラル感が特長です。
塩や出汁で味わう繊細な料理とも美しく調和し、和食の清らかさを損なうことなく引き立ててくれます。
スペシャルキュベ シャルドネ (樽熟成白ワイン)
合わせたい料理:天ぷら、白和え、ごま和え
樽由来のやわらかな香りと、まろやかなコクが特長のシャルドネ。油を使った料理やコクのある和え物と相性がよく、特に胡麻や豆腐を使った一品に合わせると、料理の風味とワインの余韻がきれいにつながります。冷やしすぎず、10-12℃ほどで。
ピノノワール2021(赤ワイン)
合わせたい料理:鮪や焼き魚のたれ焼き、ごぼうのたき込みご飯
果実味は穏やかで、酸がしっかりと感じられるタイプの赤。出汁や醤油、みりんの効いた料理とよくなじみ、赤ワインながら和食の輪郭を損なわずに受け止めてくれます。冷やしめでもおいしく、赤ワインが重いと感じる方にもおすすめしやすい一本です。
楠R2019(カベルネ主体・赤ワイン)
合わせたい料理:すき焼き、煮魚、味噌煮込み
カベルネ・ソーヴィニヨン主体のブレンド赤で、ほどよいタンニンと熟成による奥行きがあります。甘辛い味付けの料理や、コクのある味噌系の料理に合わせると、旨味とワインのボリューム感がバランスよく重なります。やや常温寄りで。
和の食卓に、静かに咲く一杯を
日本ワインの魅力は、食材の味わいを邪魔せず、料理の持ち味を引き立ててくれる繊細さにあります。
「海外のワインに比べて味が弱い」と思われることもありますが、むしろそのやさしさこそが、和の食卓にふさわしい魅力です。
今回ご紹介した楠わいなりーのワインも、どれも和食と心地よく調和する一本ばかり。
気になるワインがありましたら、ぜひ当店のオンラインショップをのぞいてみてください。
きっと、あなたの食卓にもぴったりの一杯が見つかるはずです。
「今日はどんな料理と合わせようか」
そんな楽しみが、日々の食事を少しだけ豊かにしてくれますように。